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Rice paddy Support business JPEN

育苗箱の苗づくり

育苗箱(稚苗用だと、内寸で580mm×280mm×28mmのポリプロピレン製の箱をよく使う。)に床土を詰め、芽を出し始めた種を播く。そして苗を育てて、田植えに備える。4月の米農家の仕事はこれです。
この農家では、土に拘りがあります。滔々と流れる最上川も、上流にいくと奥羽本線に添って川幅を狭くしますが、このあたりの川筋に良い土がある。そういった土を求めて、床土にするそうです。床土には、ぼかし肥料を加えます。ぼかし肥料というのは、油かすや米ぬかなどに、土や籾殻を混ぜて、土や籾殻に住む微生物の力で発酵させて作る有機肥料のことです。既に発酵しているので即効性があります。
この床土に種を播く。種はぎりぎりまで成長を促し、ふっくらと鳩胸のようになったものを使います。
この農家では、土詰めに3、4日。種まきに2、3日。両方で一週間ほどかけて、千箱以上の育苗箱を用意します。土と種が入り、水を含んだ育苗箱は一つで5kgにもなるのだそうです。これが千箱。体に堪える仕事です。




想像力の欠如

庄内地方から眺める鳥海山は、出羽富士とも呼ばれる標高2,236mの成層火山(stratovolcano)で、秋田県と山形県の県境に位置します。庄内地方では、この鳥海山の山肌に雪解け模様の「種まき爺さん」が現れると、種まきシーズンの到来だと言われるそうです。種まき爺さんは、平野のどこからでも大抵見ることができそうです。

また、庄内平野は、出羽三山はじめ幾つかの山々に囲まれた平野です。山巓へ向かう道中には、沃野に千畳万畳と広がる水田群の全貌を見晴るかすことが容易な場所が幾つもあります。これらのことは、実は、庄内の農業に非常に大切なことなのではないかと思いました。誰にでも等しく仕事を始める時期が分かる。そして、田んぼの全体が見渡せるので、毎年、仕事量を目で見て確認できる。庄内の農業が、そういった手触り感がある仕事になっているということが、ここの農業に古来より独特の大局観と安定を与え、そして健全な食料生産基盤を構成している、そんな気がします。

物事がコード化された世界で働いていると、木の根を抜き、道具を使い、指を土で汚す感覚を持つことが出来ず、つまり、「労働の実際」に対する想像力が欠如してしまいます。それでも、発達した通信と輸送の恩恵で食べることができています。
冬の間は、在庫や、作付け計画や、価格や、販売や、会計や、採用やと、色んなことについて、我々はこの農家と打ち合わせをして来ました。しかし、いったん田んぼが始まると、農家は農作業で一気に多忙になる。それは今の私たちには容易に手が出せないところです。
「育苗箱には一箱5kgの重量がある。このことが重要なのだ。」4月の現地から届いた写真を眺めていると、そんなことを言われた気がしました。

日比谷通りに沿った長い歩道を歩いていると、非常に強い風が吹き付けてきました。コンクリートの表面を跳ねてきた風です。一方、庄内平野を吹く風は、いったん土に染み入ってから出て来たかのように黒土の香りを含んでいました。
私は皇居の近くを通り、青山通りに沿い、多摩川を越えて歩いてみました。地面は都市から周辺部へ、さらにはずっと農村部まで続いていましょうが、そこを吹く風にはずいぶん違いがある。そのことをはっきりと感じた4月でした。

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