夏の草取りは、秋の実りへ導く昔の知恵
如何に東北とはいえ、7月初旬の庄内平野の気温は摂氏三十度に近づきます。緑鮮やかな水田では、稲も伸びるが、雑草も伸びる。
十五代続くというこの農家では、今の代表者の世代になって、除草剤などの農薬を使わず、更には化学肥料も使わないで、「つや姫」や「コシヒカリ」「ササニシキ」などの銘米を育てることに挑戦し、多難をやせ我慢と持ち前の奔放さで乗り越え、今や最高級の米の生産をするまでに有機農法の実績を積んできました。そして私たちは、そんな生産者を応援するためのささやかな取り組みを続けようと決意した事業支援者なのです。
除草剤を使わない以上、田んぼの草取りは更に重労働です。この農家では、親子で除草機を押して草取りをします。除草機が届かない株間の草は手で抜きます。草勢が強いと、1反(30メートル四方より少し広いくらい)の水田の除草に二人で3日はかかるそうです。
農家の間には「田んぼの足跡は肥料に勝る」という意味の言い伝えがあると聞きます。これは、除草を行うほどに、田んぼには農業者の足跡が多くつき、さるほどに豊作になるという意味です。
つまり、親子の作業には、単に雑草を除くほかに、土を耕すことによって土中に窒素を供給し、稲の実りを促進するという決定的に重要な効果があるのです。
このことは、遠く江戸時代に刊行された「農業全書」(岩波文庫「農業全書」P65。一之巻 鋤芸(じょうん)第五。)にも記載があって、「稲の生育中に土を耕す(中耕する)と稲穂の実りがよくなって、廃棄するクズ米がなくなってしまい、廃棄米を当てにしていた犬が餓死する」というような諺が紹介されて、詳しく中耕の仕方が説明されています。
植物でも動物でも、その体をつくるタンパク質の材料は窒素です。実り豊かな米をつくるためには窒素が必要です。しかし空気中の窒素はそのままでは、稲は吸収することが出来ません。細菌が窒素から窒素化合物をつくってはじめて、稲は窒素化合物の形で窒素を吸収することが出来るのです。水田では窒素化合物は、土の表層に溜まっています。水田を耕すことで、表層の窒素化合物が土中に入り、稲の根が吸収しやすくなる。最近の研究ではこういうことが明らかになってきています。
バトンを受け継ぐ者へ
今、この農家では、十五代目の父親の背中を睨みながら、次の世代が逞しく育とうとしています。父親が端緒を開いた有機農法を事業として完成させること、即ち、生計が立ち技術の継承ができる農業の形にすることがミッションだろうと思います。
息子は、自分たちが作った商品になる米を食べたことがないといいます。米選機で規格外としてはじかれた米ばかりを食べてきたそうです。米を大切にする精神は貴いが、売り物の米の味を知らないのも忍びない気がします。
今年5月、東海地方の某町で彼らの米が試食され、そのアンケートが戻って来ました。アンケートでは、全員が「美味しい、また食べたい」というメッセージを寄せて来ていました。このアンケートではじめて、息子は自分たちの米の評価を知ったそうです。その喜びは非常に大きかったと聞きます。こういうところからも、彼の新しい農業が始まって欲しいと念じています。
私たちは農業のプレーヤーではありません。従って出来ることは限定的です。それでも、出来る限りの応援をしたいと思わせる、そんなバトンタッチの瞬間がいつのまにか熟して迫ってきた印象を受ける今月の水田風景でした。
平成28年、庄内平野の夏。
稲も伸びるし、人も伸びる。そういう様子を、カエルもトンボも知らんぷりしながら見ているみたいです。