残絶滅寸前だった地元の野菜を、次世代に残すために。
ところで、伊藤氏が湯田川に戻ってきたのは7年前のことである。テレビ制作の仕事をしていた伊藤氏は、父上が体調を崩したことをきっかけに故郷に戻り、家業である農業を継ぐ決意をしたという。実家で「藤沢かぶ」という在来品種の蕪を栽培していると聞いたのも、帰郷してからだった。藤沢とは湯田川地区に隣接する小さな集落の名前だ。「一時は絶滅しかけていた品種だったものを、地域の後藤勝利さんという農家の方が受け継ぎ守ってきたところに、我が家も声をかけられたという話でした」。湯田川の周辺には「藤沢かぶ」と同じように地元の在来野菜として受け継がれてきた蕪がほかにもある。鶴岡市温海地区の「温海かぶ」、田川地区の「田川かぶ」という2種類の赤蕪である。丸蕪の「温海」「田川」と違うのは、「藤沢かぶ」は小さな大根のような細長い形状をしている点だ。
「藤沢でもある時を境に、効率が良く場所を選ばない丸蕪の方が主力になったんです。30年ほど前には、『藤沢かぶ』は家庭菜園という形で地元の各家庭が自家用に細々と育てていただけで、市場には出回っていませんでした。しかし、あるおばあちゃんの『次の世代にこの品種を残したい』という想いを受け、後藤さんを中心に伝統的な農法で『藤沢かぶ』を復活させ、出荷するようになりました。大量生産ができず希少性があることもあって、少しずつ名前が通るようになってきていますね」。伊藤氏によれば、現在、「藤沢かぶ」は漬物業者の『本長』や、『アル・ケッチァーノ』『イル・ケッチァーノ』といったレストランを展開し、食を通じた庄内の情報発信に取り組む奥田政行シェフなどの手によって、着実に光が当てられている。皮が薄いためナマ食にも向いており、評判も上々だ。