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水をテーマにしながら、さまざまな角度から庄内を照射する『庄内Life Village Report』第一弾。四回目の今回は、現代の暮らしと水の関係を取り上げます。訪れたのは町境を秋田県と接する、遊佐町(ゆざまち)。鳥海山の麓に位置するこのエリアでは、水道を引いて以降も変わらずに湧き水を生活用水として使っています。町民の心の奥に宿る山への想い、そして自然との距離を見出します。
両脇に家々が立ち並び、どこか懐かしさが漂う旧道。日本海までわずか数十メートルしかないため、近くの国道を走る乗用車の往来が途切れると、波の発する重低音が聞こえる。そんな中、地域住民のものと思しき談笑の声がする。路地裏に初老の男性が2人。ひとりは手にヤカンを持っている。尋ねると「飲み水を汲みに来た」のだという。
ここ、庄内の最北に位置する女鹿(めが)という集落には、住民が共同で使用している洗い場がある。「神泉(かみこ)の水」と呼ばれるその水は、湧水を利用したもの。それぞれ約1m四方の石の水槽を階段状に6つ連ね、上から順に「飲み水用」「野菜冷やし用」「野菜洗い用」「洗濯用」「農機具洗い用」「おむつ洗い用」と決めて使っているという。看板に書かれた説明には「集落の生命であり、シンボル」とある。普請して、数世代に渡って山の神からいただいているから「神泉の水」と名づけられているとのことだが、文字通り女鹿の人々の「井戸端」会議の場にもなっている。
「俺も毎日汲みさ来てっけど、女鹿だげじゃねくて、このあだりさはだいたい共同の洗い場あっぜ。」と、もうひとりの男性も説明してくれた。「湧き水があちゃこちゃから出っだなや。昔は海岸で出る湧き水を引いで、生活さ使った時期もあったなや。ただ、高え波来いば塩水が混じてしまうがらって、山から水道引っぱたなやの」。
男性に教えてもらった通り、近くの釜磯(かまいそ)海水浴場まで足を延ばすと、確かに湧水があちらこちらから出ている場所に辿り着いた。満ち潮が砂の上を覆っても尚、地中から湧き出る水の勢いは止まらない。黒砂とともに地下水が噴き上がる様子は、なるほど「生命」のようなエネルギーを感じさせる。試しに噴出の中心部に手を突っ込んでみると、思いのほか深くまで手が沈む。湧き水の出口だが、どこかへと続く入り口にも感じる。指先を舐めてみると不思議と塩の味はしない。海水ではなく、真水が出ていることが実感させられる。