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まず私たちが訪れたのは、温泉街としても知られる鶴岡市湯田川地区である。金峰山の懐にあるこのエリアは「湯田川孟宗」と呼ばれる筍の産地だ。一般に、粘土質で水持ちの良い土壌は養分の流出も少なく、筍が美味しく育つと言われているが、その説の通り湯田川地区には粘土質の赤土があらわになった傾斜地が散在する。金峰山や早田(わさだ)山麓の南東側で「湯田川孟宗」がよく育つのは、筍が好む湿度が土中に十分に保たれているからだという。土が赤いのは、土中の鉄分が雨露に触れ酸化したからだと地元の地質学者・植松芳平氏は解説する。「おそらく湯田川の赤土は大山層が露出したものでしょう。凝灰岩や酸性白土や火山灰の混じった地質で、もともとは緑色です。日本海側沿岸にベルト状に伸びているグリーンタフの一部分だと思われます」。
私たちは現地に赴き、筍が頭を出した傾斜地の赤土を踏みしめながら、この地で稲作を中心に農業を営む伊藤恒幸氏に話を伺った。「ブランド化している『湯田川孟宗』の特徴は、えぐみが少なく甘みがあること。筍は空気に触れるとえぐみが増します。粘土質の赤土で育つ筍は、外に顔を出すのに時間がかかるためゆっくりと育つことができる。植物にとっては厳しい環境とも言えますが、それが美味しさにつながっているようです」。だが実は、「湯田川孟宗」の収穫を専業にしている農家はこの地にはいない。「筍は山の恵みとして地域で食べるだけの食材でしたが、近年になって全国から注文がくるようになった。筍の美味しさも、土の良さも、外部の評価によって知ったことなんです」。農業をひとつの経済活動として捉えれば、収穫の効率化や品質の規格化など注力すべき点はいくつもある。そうしたプロセスに向かない作物は、人工的に淘汰されてゆく運命にもあった。「湯田川孟宗」は、地元で食べられる分には十分な収穫量になるが、地域の主力商品として市場に出回るほどの収穫量はなかった。その意味で逆に恵まれた作物と言っていいだろう。大量に生産し、大量に消費される運命になかったからこそ、地産地消の在来品種として生き延びてきたわけだ。