銘醸地を生んだのは、清廉な水と、それによって育まれる米。
かつて数十軒の酒蔵が立ち並んでいた大山だが、現在では4つを残すのみ。しかし、それら4つの酒蔵もすべて徒歩圏内に密集しており、いまも尚、全国有数の「酒どころ」と称されるにふさわしい地と言える。
大山が銘醸地として発展してきた背景には、鶴岡が酒井藩の領地だったのに対し、大山は徳川幕府の直轄地「天領」であったため、酒税が1/3で済んだという理由もあった。だが、それにも増して強調すべきことは、やはり水と米の恩恵である。冬の間、庄内の山々に十分すぎる雪が積もり、春になるとそれらが豊富なミネラルを含んだ伏流水や河川となり、田畑がつねに良質な水で満たされるということは、これまでのレポートで述べた通りだ。
鶴岡市在住の二十代男性は、「近所の酒蔵まで、仕込み水をもらいにいくことがある」と語る。「たとえば銘酒『竹の露』をつくっている酒造では、『天然波動水』という天然無菌の水を提供しています。容器の樹脂の成分や臭気が吸着しないよう、ガラス瓶に入れて販売するほどのこだわりようです」とのこと。言うまでもないことだが、それぞれの酒蔵で醸造された日本酒は、地元の水に加えて、ササニシキや山田錦、出羽の里といった銘の地場産米を積極的に使用している。まさに「庄内の酒=庄内の恵み」なのだ。
冬の時期、庄内平野では新雪が強風によってめくれあがり、米俵のように円形になる「俵雪」という現象が起こることがある。傾斜地ではなく平地に出現することは全国でも珍しく、地元では豊作の吉兆とされている。激しい雪と風に平野全体が覆われ、活動が制限される庄内の冬。だが、その中にあって、人々はただ耐え忍んでいるだけではない。ある者は雪の田畑に来春の作付けを構想し、ある者は仲間と農場経営の策を練り、またある者は酒で英気を養う。人々がそうしている間にも、種もみを準備すべき春はもうすぐそこまで来ている。そして脅威だった雪は、やがて恵みの水へと姿を変えるのである。