オフィスマルベリー

ゆっくりと、じっくりと、心も身体もリセットされる冬。

「農家も冬眠すんなや。寒ぐなってくっど、田んぼど向ぎ合う時期の緊張感も薄ぐなって、ゆっくりした気持ちさなていぐなやの。白い雪景色見でっど、いろんなものがリセットされるよだ」。そう語るのは、以前にも『庄内Life Village Report』にご登場いただいた、有限会社出羽庄内特産の板垣弘志氏。春から秋にかけて、有機栽培や特別栽培で稲作に勤しむ農家の板垣氏だが、「寒くなるとだんだんと気持ちがゆっくりしていく」という言葉には、仕事から解放された安堵感だけではない別のニュアンスも漂う。

「水も空気も人の心も、浄化さいる季節だんがもしんねの。冬以外は、普通のサラリーマンの倍の時間働ぐごどさなる。冬にしっかり心身休めらいっがら、春さなっど頑張れる。そういうごどもあんなんねが」。春先や夏場にはあまり口にしない、哲学者めいた言葉。そこには、長年の仕事を通じてのみ身につく、経験の蓄積を感じる。お茶をすする表情さえも、どこか高尚さを醸し出す板垣氏。冬によって浄化された水、空気、人の気持ち。来春の稲体に流れ込む、物質の大循環のイメージを、彼一流の自然観で感じ取っているようにも見える。

もちろん田畑に出られないからといって、庄内の農民が何もせずに冬を過ごしてきたわけではない。たとえば竹細工や箒などの伝統工芸品は、農家の冬場の仕事として継承されてきたものだ。鶴岡市出身の作家・藤沢周平も、農家の生まれだった。農村を舞台にした小説やコラムの土台に、幼少時代の農作業や、厳しい風雪の体験があったとしても不思議ではない。

日照時間が減り、活動範囲が狭まることで、人は内省的になる。それは、農家に限ったことではないのだと、地元の男性は語る。冬の間に人々は「これまで」の一年を振り返り、そして「これから」の一年を考える。厳然とそこにある自然に、抗うのではなく受け入れ、諦めるのではなく過ぎるのを待つ。四季とともに暮らす人々の生活のリズムは、こうして育まれているのである。

1 2 3 4

Archive