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航海の安全を祈り、そして魚の供養のために祈るということ。

そうした漁師たちから、現在でも海の守護神として崇められているのが、鶴岡の地に建立されている龍澤山善寳寺(りゅうたくさんぜんぽうじ)だ。その昔、龍華寺(りゅうげじ)と呼ばれていたように、水の神である「龍」との関わりが深い。僧侶の解説によれば、「平安時代、『今昔物語』にも登場する妙達(みょうたつ)上人がこの地に草庵を開いたことが、このお寺のはじまりだと言われています。ある時、妙達上人のもとに二体の龍神が現れ、功徳を受けたいと願ったそうです。そこで法華経を読誦すると、龍神は境内裏手にある『貝喰(かいばみ)の池』に身を隠したと伝えられています」とのこと。ある時期、テレビを賑わした人面魚は実はこの池の住人で、龍神の化身だとも言われている。

先ごろ、妙達上人の生誕1150年祭を記念して、龍王殿に安置されているご本尊のご開帳が催された。ご本尊のご開帳は寺の歴史上初のことで、連日、地域の人々だけでなく、漁業関係者らも詰め掛けた。「ご本尊は薬師如来ですが、その左右を守護しているのが、貝喰の池に身を隠した龍神です」と僧侶は続ける。「この龍王殿は竜宮城を模してつくられており、龍に出世する前の鯉が、あちらこちらに彫刻として刻まれています。また、階下にある五重塔には十二支が彫られていますが、それも辰ではなく鯉になっています」。

説明にあった五重塔こそが、わが国で唯一「魚鱗一切の供養塔」として建てられたもの。発願したのは漁業関係者だった。一説には、世話人として青山留吉も奔走したと言われる。漁業関係者に信仰が一気に拡大したのは明治以降とのことだが、水の神が祀られている寺に彼らが期待したことは、もちろん航海中の安寧だったろう。だが、一方的に自らを守ってもらうという発想ではなく、命をいただいている魚の供養をこそ願ったところに、漁業に携わる者たちの精神性が垣間見られる。僧侶が語った箇所ばかりではなく、実は「魚」や「波」をモチーフにした細工は、境内の諸堂のいたるところに確認でき、龍神に対してというよりも魚に対して手を合わせているような気持ちにさえなる。

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