子どもたちのために、根気よく自然の回復を続ける大人たち。
子どもたちにもっと地域体験を味わってほしい、と草の根活動をしている人物がもうひとりいる。酒田市新堀地区で生まれ育った、中條庸右氏。中條氏は地域の農協を退職した後、地域のコミュ二ティセンターを拠点にしながら、川漁の体験イベント主催・運営や、小学生への田植え指導などを行っている。「古き良き営みが残っている庄内も、かつてに比べればコミュニケーションは都会化してしまっています。農家が減り、子どもたちが田んぼに出る機会はなくなりましたし、川で遊ぶこともなくなった。自分たちが暮らす地域でどんな魚が獲れ、どのように米がつくられているのか、さらに言えば地域にどんな人が暮らしているのか、私たち世代が積極的に伝えないといけないことはあると思っています」。
顔を合わせれば挨拶をする。両親だけでなく、地域全体が子どもたちを育てる。そうした感覚があってこそ、地域なのだと中條氏は力説する。だが、「子どもたちに、庄内に留まってほしい、都心に行かないでほしい、と願っているわけではないんです。むしろどんどん外に出て視野を広げてほしい。でも、幼少期に地域と交流があれば、いずれ戻ってくる気もしています」。現に中條氏のご子息は、東京の大学に進学し就職もしたが、庄内の地に戻ってきたという。「せがれも小さい頃は、しょっちゅうザッコしめ(ザリガニ獲り)をしていましたね。話では、獲ったそばから生で食べていたらしいですが(笑)」。
消えゆくものを必死に残そうとする試み。増えすぎたものを地道に減らそうとする試み。そして、そうした営みや試みを、積極的に子どもたちに伝えていこうとする姿勢。考え方や、方法論は違えども、大人たちが共通して「未来」を見つめているのは、なぜだろう。「車庫ホタル」を育てる工藤氏は言う。「いろいろな地域でホタルを呼び戻そうとしていますが、なかなかうまくいっていない。必要なのは育てる技術じゃなくて、根気なんです」。9月。発砲スチロールにびっしりと埋まったカワニナを餌に、ゲンジボタルの幼虫はすでにまるまると太っている。放流されるのは来年の4月、成虫になるのは6月だという。ホタルが発する光は蛍光灯やLED照明に比べれば、あまりにも弱い。だが、その「人の手」によって灯った命の明るさには、何物にも代えがたい意思も見て取れるはずだ。