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里がのどかな春の賑わいに包まれている頃、相変わらず冬の延長戦のような時を重ねている場所がある。本レポートの第一回目に訪れた、ブナの原生林だ。前回、ここ県立自然博物園のブナ林を散策したのが6月中旬。新緑の森には、さまざまな植物の萌芽が見られ、踏みしめる土中にはふんだんな水分が含まれているのが確認できた。だが、5月中旬のいま目の前にあるのは、雪景色そのものなのである。森の入り口に設置されたネイチャーセンターのすぐ脇でさえ、背丈ほどの残雪が積もっている。さすが豪雪地帯と呼ばれるだけのことはある。これでも、春になって大方は解けたということなのだろう。最大6mの積雪量という凄みを感じないわけにはいかない。
記憶を辿りながら、前回歩いた散策路を探そうとしてみるものの、一面が分厚い雪にすっぽりと覆われており、いま踏みしめている場所が木道の上なのか、湿地の上なのか、見当もつかない。ふと雪原からにょきっと顔を出している樹木のそばに近寄ると、幹に体温でもあるのか、その周辺だけ雪が解け、その内側で水が勢い良く流れているのが確認できる。あろうことか、いま立っているのは、川の上ということになる。
雪の地面が崩れないことを願いながら、地形の凹凸だけを頼りに、道なき道を上へと進む。勾配のある場所を這うように登ろうとすると、雪に足を滑らせバランスを崩してしまった。とっさにしがみついた木の枝に目をやると、先端にほのかに膨らんだ芽がある。さらに足元に視線を移すと、直径1cm大のこげ茶色をした粒が無数に落ちていることにも気がつく。植物の種だ。見上げて合点がいった。そこはブナが密生するエリアだったのだ。直立不動の幹、倒されたようにかしげた幹、その枝々に控えめに顔を出している新芽たちや、雪の上に散らばる膨大な数の種。やはり、山にも春がやってきているのである。確かに吐く息は白いが、身震いするほどの寒さは感じない。冬と春の境界線上にいるような感覚が身体を包み込む。